ちょっとしたきっかけで、障害者・高齢者がHPを見やすいようにする工夫、アクセサビリティという問題に気づかされました。
例えば、背景の色と字の色のバランス・コントラストはどうか。色覚異常の方は、HP製作者自身がHPを見ているようには見えません。高齢の方(水晶体透過率が変わり、ぼやけて見えるようになる)にとっても、現在の色使いや字の大きさでは、どのように見えるのか、考慮が必要です。他にも色々あります。
最近、びんなどのラベルに書いてある細かい文字が見えにくく、「離せばわかる」という感じです。自分は健常者だからと言って、いつなんどきそうでなくなるか人事ではありませんので、あらためて当店のHPを様々な点でチェックしたところ、随分と問題があることがわかりました。
完全とはいえませんが、できる限りの修正はしたつもりです。
業界に横たわっているお米の在庫が前年に比べ、倍あるんだそうだ。あれだけ、昨年不作で米不足だ、と騒いでいたのに、何故、今この時期に、お米が余っているのか?
答えは、
結果として、大手卸はたっぷり昨年のお米を抱えてしまった。違う産地・品種の新米が毎週入ってくる今、早く在庫を販売したいが、原価が高いので安売りも難しい、という状態にはまってしまった。相場を吊り上げ、自分たちだけうまみを取ろうとしたツケとしか言いようがない。
またまた、スペインから名門サッカーチーム「レアル・マドリッド」が来日。ベッカム様人気は相変わらず。日本のミーハーファンは馬鹿だなと思いつつ、テレビを見ていたら、選手達が歓迎会で「おはし」を使って食べているところが映った。
それが、皆器用に使っているのにビックリ。フィーゴなどは自分で日本食レストランを経営するほど、日本食に傾倒しているのは知っていたが、他の選手もうまいこと。日本人(大人も子供も)の「おはし」の持ち方が、へたくそになっていて、たまに「どういう躾をされたんだ」と突っ込みたくなるのに、外国人がちゃんと使っている。嘆息!
農水省消費・安全局は、生鮮食品の小売店舗における表示に関する調査を行っている。今年の調査によると、お米のDNA分析による品種判別で、調査された514点のうち、61点(11.9%)で、表示と異なる品種が混入している疑いのある反応が見られ、販売業者別では、459社のうち49社(10.7%)に表示と異なる品種が混入している疑いのあるとのこと。
4月18日(日)テレビ『宇宙船地球号』で、アグロフォレストリを取り上げていた。日系移民の坂口さんが、ブラジルのトメアスで、こしょうの栽培をしていた。森を切り開いて作った農場だ。こしょう栽培は儲かるので、日系人の間で流行っていた。ところが1970年、たった二ヶ月間に病気で全滅。日系人はほとんど町を後にした。その中で、坂口さんはトメアスにとどまった。
どうしたら良いのか考えている時に、アマゾン川流域住民の生活を見た時に、坂口さんはひらめいた。彼らの庭は、様々な木々や果物で囲まれていた。自分の生まれ育った日本でも、農家の庭先には色々な木々が植わっていた。これだ、と。
まず、全滅したこしょう畑を焼き、そこで「とうもろこし・野菜・米」を1〜2年作り、生活費を得る。また畑を焼き、そこに「こしょう・果物など」を植える。それが6〜7年。それも混植で。バナナ・コーヒー・プシェリ(薬用)など。こうすれば、病気や虫などに一気にやられることがない。その内に、ゴムの木のような高い背の木が育つと、日陰を好むカカオ・バニラなどが育ってくる。最後に、木材用の木を刈って、30〜40年のワンサイクルが終わって、また最初の段階からはじめる。
このようなアグロフォレストリ(森の畑)を時間をずらして、幾つも作っていくと、植生の異なる森の群が出来る。このような地域では、原生林に近い生態系が回復し、虫の種類も豊富になり、病害虫の被害が少なく、結果として農薬や化学肥料に頼らない、循環型の農業を育む。
常に、現金収入が得られ、なおかつ栽培物が全滅する危険性が少なく、自らにとっても消費者にとっても良い無農薬栽培が実現できる。そして、自然の生態系が多様化する。問題になっている熱帯雨林の減少を食い止めることが出来る。アマゾン流域では、焼畑農法により、毎年平均して2万平方キロメートル、東京都の約10倍もの面積の森が、失われていた。坂口さんのまいた種は、現在徐々にブラジル農民の間でも広がりを見せている。このような内容だった。
循環型の焼畑農法とでも言えばいいのか。コスモ石油などのCMでも、パプアニューギニアで焼畑農法から定住農法への移行を支援すると言っていたが、米や麦の単植栽培では、危険が多い。是非、アグロフォレストリを参考にして欲しい。
ところで、日本の縄文時代にもこのような焼畑農法があった。また、山林や雑木林を維持管理しながら、米を作り、野菜を作り、果樹を育てる、という日本の里山の在り方も広義のアグロフォレストリになるのではないか、とも思った。
ネット通販のお客様へのアンケートによると、一番気になるところが送料。「送料無料」が目を引くらしい。最近のデパートでの中元・歳暮でも、送料無料が当たり前。
でも、ただで物を配達してくれる人っているの?聞いたところでは、デパートの中元・歳暮などでは、一個当たり300円くらいらしい。つまり、300円は、誰かが損をするか、最初から価格に折込済み、もしくは、中身の質を落とすしかない。単純な話。ネット通販も一緒のハズ。 話を単純にすると、ある方が運送会社の運転手さん、その奥さんが送料無料の品物を買い、ご主人がたまたまその品物の配達をする場合、ご主人がただで働くか(実際には固定費+ガソリン代だけ損だが)、そうでなければ中身が元々送料分だけ安くなっている、というだけ。
よ〜〜くネット通販を見ると、品物の価格が最初からかさ上げしてあるケースがある。どことは言えませんが。当店では、10000円以上の送料を無料にしました。通常、10000円以上のお買い物をされるケースはまれですし、あれば大変ありがたい。自分が配送しないで済むコストと考えれば、いいんではないか、という判断です。
懸案だった、通販用のサイトを準備(ここがそれ)。近々、こちらが正式サイトになる予定。フレーム構造をやめて、レイアウトが変更。多分、ネットスケープ4.7では、トップページがぐじゃぐじゃになるでしょう。
今までの、BIGLOBEでは、通販は難しい、色々制約があって。しょうがないので、あらたにレンタルサーバーを申し込む。調べてみたが、細かいところまで手が届く物は、自作するしかないようで、お手ごろ簡単操作の物を選択。
最近、圧力鍋を購入したので、煮豆とお赤飯を作ってもらいました。さすが、「早い!」。あっという間に出来あがってしまいます。
しかし、やはり時間をかけて煮た豆ほど柔らかくないし甘味もでません。お赤飯も同時に作ったふかしバージョンの方が圧倒的に美味しい。一粒一粒が張りがあり、色もはるかに鮮やか。何度もささぎ豆の煮汁をかけて手をかけたお赤飯には勝てません。
あらためて、美味しさにひそむ手作業の意味を感じた日でした。感謝!
野菜の消費量が日米で逆転している。あの脂っこい料理で太っている人があれほど多いアメリカ人が平均で日本人より野菜を食べている。ちょっと信じられないんだけど?
日本人の野菜の1人あたりの年間消費量は1985年では110.8kgだったが、1999年には102.3kgと15年間で8%程度減少。一方、米国では85年に95.9kgだったのが、99年には115.5kgへと20%程度増加。95年から日米で1人あたり消費量が逆転。(米国では健康志向の高まりを背景に、1991年から全国的な教育・普及事業として「5 A DAY」(ファイブ・ア・デイ)プログラムが実施。これは健康のために野菜・果実を毎日「5サービングス」以上摂取しようと呼びかけているもの。1サービングスは、生鮮野菜なら2分の1カップ(118ml)、100%野菜ジュースは180ml、などと決められている。同国の農務省や保健社会福祉省などのバックアップで、国立ガン研究所と民間団体が共同で展開、こうした取り組みの成果もあって消費が拡大。
最後の書きこみから一ヶ月経ってしまったが、その間にも偽装の摘発が続いている。そのあおりで、5月には「ひとめぼれ」が、6月には「あきたこまち」が、入札でどっか〜んと値上がりした。新潟のお米は逆に下がったが、新潟以外の「こしひかり」も値上がりしている。偽装摘発と入札値上がりの仕組みは、以前の書きこみ参照。
真面目な米屋と消費者までもが割を食うのは何ともやりきれないが、まともな流通になるための産みの苦しみと思うしかないか。
紹介するのも飽きてきたが、摘発内容はここです。
全農パールライス東日本(東京都)
トーヨー食品(和歌山県)=無洗米で有名な東洋精米機の関連会社
東京都内の米屋3社
ミツハシ(神奈川県)
東京都のHPから抜粋。
魚沼産コシヒカリなどと産地・品種等を偽った6業者を処分! 平成15年3月12日 東京都生活文化局
では、どのように本物と偽物を見分けるのか?
まず、東京都なり食糧事務所が店頭で実物を購入する。そしてそれをDNA鑑定にかける。このDNA鑑定が武器である。これがなければ帳簿しかチェックする物がない。
もし、DNA鑑定で表示されたお米以外が混ざっていることがわかれば、それから帳簿の調査となる。国の検査を受けたお米が仕入れされているか、仕入れの量と販売の量が合っているか。場合によっては、米の袋もチェック対象となるらしい。つまり、仕入れの量に対して、米袋の購入が多すぎないか、も調べるという話しもある。
なぜ、DNA鑑定でクロになっても帳簿の調査をするかと言うと、米の卸や小売が100%本物だと思って仕入れした品物が元々そうでなかったら、出来た製品ものっけから本物になるはずがない。しかし、国の検査を受けた品物が本物でないことなどあるのか?実は、ないとは言えない。様々な要因で本物でない、もしくは他のお米が混ざっている可能性がある。したがって、やはり仕入れが適正に行われているかを見なければならない。
帳簿の調査でもクロ判定が出れば、いよいよその偽装の悪質さに応じて、処分の内容が決定され、最悪業者名が公表されることになる。
他の品種や他県のお米ならわかるが、同じお米の「未検査米」ではどうしていけないのか?
検査を受けるには、種籾(たねもみ)や苗の購入状況がわかる書類を提出しなければならない。そうでなければ、持ちこまれたお米がその品種である保証が全くない。取引卸の話しでは、未検査米は三割中身が違っていると思わなければならないそうだ。
同じ「未検査米」でも、検査しないお米もあれば、検査できないお米もある。前者は、例えば米屋が直接農家からお米を仕入れる、お互いの信用に基づいた取引をしているケースなど。一般消費者には、「国産米」という表示しかできないが、業務用(品種を袋に記載しない販売)に使用するなら、検査をする必要はない。後者は、検査に持ちこもうにも持ちこめない、つまりは中身がいかがわしいと思われるもの。どちらにしても、袋詰めして、品種・県産を記載しての販売はできない。
「JAS法に基づく品質表示基準」、具体的にはどういうことか?
現在のお米の流通制度では、国の穀物検査を受けた検査米と受けていない未検査米がある。「新潟県こしひかり、平成14年産」(業界で言う三点表示)と米袋に表示するためには、表示されている品種の検査米だけを使用しなければならない。他の県産のお米(外国米も含む)、別の品種、別の年度のお米、未検査物、一切使用してはいけない。
しかし、少しでも多くのお米を売りたいがために安売りをする。一袋当たりの利益が減るが、多く売れれば元が取れる。はずなんだが、実際は一割安売りすれば、倍売らないと合わない。万が一、その品種が倍売れても、他の品種を食っているだけだから、お米という品目全体では利益は減ってしまう。小売もそうだし、卸もそうだ。ダ.カ.ラ、どうにか原価を下げて利益を確保するしかない。
では、どのように原価を下げられるか?四捨五入して言えば、中身をごまかすしかない。もっと安いお米を使うしかない。それでも、「複数原料米」と表示すればOKだが、イメージが悪く売りにくいから、やはり100%表示をしてしまう。
上述したが、「他の県産のお米(外国米も含む)、別の品種、別の年度のお米、未検査物」、これらが使われていれば、法律違反となる。
■JAS法の2つの柱
読んで字の如く、「規格制度」は、農産物の生産規格にかかわる制度であり、「品質表示制度」は、農産物の流通表示にかかわる制度。各種の食品偽装摘発は、後者の「品質表示制度」によるものである。
「品質表示基準」は、生鮮食品と加工食品に分けて定められている。お米に関する基準は生鮮食品の範疇で特別に決められていて、その表示事項とは、産地(輸入品にあっては原産国)、品種、産年、精米年月日、内容量。具体的な例で言うと、
のようになる。
■品質表示に関する監視体制
JAS法に基づく品質表示基準は、製造業者等が守るべき基準として農林水産大臣が定め、告示されている。以下、東京都のHPより。
法律の内容は上記の通りだが、具体的に何が法律違反として摘発されるのかは、次回。
すでに何度かお米の偽装について書いたが(1月18日) (3月13日)、そもそもお米の偽装とは何か、業界以外ではほとんど理解されていないと思う。自分もきちんと法律文書を読んだことがないので、ちょっと整理。
まず、牛肉・牛乳・お米・お茶など様々な偽装摘発は、すべてJAS法に基づいて行われている。JAS法とは、「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」のことである。
東京都のHPでは以下のように書かれている。
食品の多様化、消費者の食品の品質及び安全性や健康に対する関心の高まりに対応して、食品の表示制度を充実強化する観点から、一般消費者向けの全ての飲食料品につき、"生鮮食品"については、《原産地》"加工食品"については、《原材料》等の表示を横断的に義務づけること等を内容とした改正JAS法が、平成11年7月22日に成立しました。
その具体的な表示事項・表示方法等を定める『加工食品品質表示基準』・『生鮮食品品質表示基準』・『遺伝子組み換えに関する表示の基準』・『玄米及び精米品質表示基準』、『水産物品質表示基準』は、平成12年3月31日付けで告示され、『生鮮食品及び水産物に関する基準』は、平成12年7月1日以降に販売されるものから、『加工食品・遺伝子組換え、玄米及び精米に関する基準』は、平成13年4月1日以降に製造・加工・輸入または販売されるものから適用されています。
次回は、JAS法の具体的な内容。
今回、亜鉛について詳しく調べて見たかったのは、味覚障害という問題に関係しているからである。
まず、「無洗米」の方が美味しく感じる人がいるらしい。普通のお米の炊飯湯気が気持ち悪くて、無洗米なら大丈夫という子供達がいるらしい。スナック菓子とファーストフード漬けの子供に多いとも聞いた。統計数字も科学的裏付けもないのだが。
また、ある米屋では社員による食味比較をしているのだが、ある若い社員の評価だけ他の社員と異なるという。そして、この社員は家庭の味を知らず、コンビニ弁当で育ったという。
何か見えてこないだろうか?
もっとも、偽装摘発でわかるように日本のいたるところに不正商品があふれているので、大体食べているお米が表示されているブランドである保証がないわけで、食味比較も意味がないのだけれど。
日本の土壌は、この三十年の間にミネラルが半減しているらしい。従って、野菜などから摂れるミネラル量も減っている。亜鉛もその一例だが、亜鉛の場合、悪いことに摂取した量の3分の1程度しか体内に残らない、摂取効率の悪いミネラル。食物の中の様々な物質が亜鉛と結びついて体外排出してしまう。例えば、
カルシウム、食物繊維、タンニン・カフェイン、フィチン酸(豆類・穀類)、ポリリン酸(添加物)
などが、亜鉛の吸収を妨げる。
ポリリン酸以外は、日常の食生活で摂取する物で、亜鉛のことだけ考えて摂取しないようにできるものではない。しかし残った亜鉛を3mg以上効率よく吸収出来れば問題はなく、それを助けるのがクエン酸とビタミンC。たとえば生カキやカキフライを食べるときにレモンをかけるのは利にかなった食べ方。
なお普通のお酢や柑橘類の酸っぱさの成分の多くは酢酸によるもので、酸っぱいもの=クエン酸が豊富というわけではない。酢の中では黒酢が一番クエン酸が豊富だそうだが、黒酢の良いところはエネルギーを生産する回路=「クエン酸サイクル」の中でクエン酸と同時に働く各種有機酸・ビタミン類が豊富に含まれていることで、クエン酸の量だけ見れば、グレープフルーツなどの柑橘物がやはり多い。
亜鉛は、細胞の分解酵素に働きに関係していると書いたが、他にも様々な酵素を活性化させている。
亜鉛は他にも色々な機能を有している。
全てにおいて重要な役割を持つ亜鉛。不足することは、つまり生命活動の危機を意味する。
亜鉛の9個の役割を上げたが、それぞれが個別に説明されるわけではない。すべて、新陳代謝という基盤でつながっている複雑系。新陳代謝とはつまり、細胞が分解・合成され生まれ変わることだが、そのプロセスの全てに亜鉛が関係している。「あるある大辞典」第260回(亜鉛特集)などから、説明を抜粋すると、
ミネラルはそれぞれ、微量ではあっても体内で重要な役割を果たしているのだそうで、以下亜鉛の現在分かっているはたらき(の一部)。
そして、次のような症状が出ていたら、あなたも亜鉛不足かも?当てはまるものが多い人は要注意!
HP上で検索したものをまとめると、
体内にある亜鉛は、体重の0.02%の量を占める(ということは、体重50kgの人でわずか10g)。1日に必要な摂取量は大人で15mg。妊娠時は20mg、幼児は5mg。先日も書いたが、亜鉛を多く含む食物は牡蠣がダントツ(100gあたり40〜70mg)で、他には高野豆腐やユバ(湯葉)、チーズ・ホタテ・アワビ・干しシイタケ・煮干しなど。例えば湯葉には100g中に約8mg、チーズには約4mg含まれている。今の日本人の平均的な食卓では、亜鉛の摂取量は1日わずか9mg、若い女性に至っては6.5mgと、非常に不足。昔の日本人の食卓には当たり前に見られた、高野豆腐・干しシイタケなどに亜鉛が多いというのは実にうなずける。
昨日、ラジオで味覚障害に関する話しを聞いた。食品添加物の摂取によって亜鉛が欠乏して、結果として味覚を判断するタンパク質酵素が形成されないという話し。ネット検索したところ、同じ先生による説明がアップされていた。『増える味覚障害』(日本大学医学部耳鼻咽喉科講師・生井 明浩先生、(社)国民健康保険中央会提供)
まず、元々ミネラル分の少ない日本の土壌がさらに弱っていて、野菜・穀類のミネラルが少なくなっている。飽食美食などと言われていても、実際はどんどん足元がぐらついている。次に、加工食品に使用される添加物がミネラルの吸収をブロックする。二段ステップ攻撃。
TBSテレビのスパスパ人間学でも既に(2001年5月)取り上げられていた。以下、引用
味覚障害はどうして起こるの?
わたし達は舌の表面に並んでいる「味蕾(みらい)」と呼ばれる部分で味を感じます。この「味蕾」の細胞を作る時に不可欠なのが、亜鉛です。偏食により、亜鉛が不足すると「味蕾」の数が減り、味覚障害になってしまうのです。 さらに、亜鉛不足は加工食品の取りすぎで加速されます、加工食品に含まれる添加物が亜鉛の吸収を阻害してしまうのです。
この番組では、強度の味覚障害にかかっている男女2人に半断食を2泊3日、加工食品を使わず、自然食のみを必要最低限とることで体質改善をしてもらい、再度味覚の検査をしてみると、なんと味覚が正常な人と同レベルにまで回復!偏食をやめ、一時的に半断食をすることによって、味覚を取り戻すことができるとわかったとのこと。
ところで、どのような食品に亜鉛が多いかというと、
調べると、亜鉛もそうだが、ミネラルの摂取現状には驚かされる。少し、突っ込んでみよう。
福岡で、県庁の食堂で使われていたお米の納入業者が、中身を偽っていたことが発覚。一方、東京では一挙に六社の処分が公表された。
東京の六社の内、少なくとも二社は既に廃業に追い込まれている。一社は、東京の米屋組合の役員もしていた店で、処分公表前に会社を清算したようだが、もう一社は、処分を知った取引先から次々と取引を切られ、廃業を決定した模様。ここは、過去に農水大臣賞も受賞している米屋。
賞ももらえるような立派な業績を上げるためには、量的拡大が必要だが、そのためには他社を出し抜く安値で販売さざるをえず、とどのつまりは偽装して原価を下げるしか他に方法が無かったのだろう。
米屋の組合は、特に登録していない店舗での不当ディスカウント販売を摘発するように役所に申し入れている。隔週で発行される組合新聞にもそういう意見の申し入れについての報告がある。しかし、組合役員や表彰される企業がこのような偽装を行っていたら、砂上の楼閣だ。情けないが、実情。トホホ…
最近、無洗米に関して、キャンプをされる方とメール交換した。オートキャンプ場のように水道施設があるところではなく、本当に山の中に入っていくようなキャンプの場合、水はとても貴重で研ぐ必要のない無洗米は助かる、という話しだった。それはとても納得の出来ることだったが、それとは別に、とても気になる話しを聞いた。
今、山の中でも安心して飲める水が少なくなっている、ということだった。水循環の最初の一歩は、山に降った雨を木々が蓄えて、それが染み出ることから始まる。つまり、山の水が飲めないということは、結局安心して飲める水が日本から消えていくことを示唆してはいないだろうか?これこそが、水問題の象徴だと思う。無洗米のように、要素還元の小手先手法で解決できる問題ではないはずだ。
21世紀は、水が大問題になると言われている。水の問題を考える「世界水フォーラム」というのがあって、今年滋賀で第三回が開催される。以下のように説明されている。
世界は今、水の危機に直面しています。「水を巡る紛争」「水や食糧の不足」「水質汚濁による不衛生な生活条件」「洪水の危機」などです。このような水に関するあらゆる問題を解決するために「世界水フォーラム」はスタートしました。 地球は「水」により命を育んできた星です。しかし、今、その地球の水が危機にさらされています。世界水フォーラムでは、水問題の解決に向けて様々な人々が滋賀・京都・大阪に集まり話し合います。
不景気にもてあそばれ、イラク問題がすぐそこまできており、北朝鮮の不穏な動きに惑わされざるをえない今日このごろだが、子孫代々のことを考えると、水問題こそ長期的に見て本当に心配しなければならない。海は地球の70%の表面を覆い、人間の体は70%が水。そして、米作りが水循環にどれだけ関係貢献してきたかを知れば、米屋は単に商売としてお米を販売しているのではなく、日本の歴史が染み込んだそういう物を扱わせてもらっているんだとあらためて思う。
最近、どこに行ってもすっかり定着したコンビニ用語。
「いくらいくらからお預かりします」
おかしいよね。物を買って、店に預けるのは、消費税分だけ。物の代金は、払っているんであって、預けてはいない。きちんと話せば、「いくらいくらから頂きます」とか「いくらいくらお預かりしました。お釣りはいくらいくらです」。
まったく、正確な言葉を使えって。でも、わざわざ 「預けたつもりはないよ」とバイトの子に言うのも馬鹿馬鹿しいし。言葉は生き物だから移ろうけど、こういうのは意味自体おかしい、とおじさんは思う。
ノーベル賞受賞者 田中さんが富山県の名誉県民の称号授与式でのスピーチで以下のように言われた。
「富山が自然に探究心や好奇心を引き出してくれた」 「『田舎だから駄目』と思わず、自信を持って欠点を利点に変えてほしい」
これを聞いて司馬さんの本で読んだ、正岡子規の話しを思い出した。確か、
みたいな話しだった。
さらに思い出したのが、江戸時代、旗本が蘭語を学ぼうと先生に就こうとしたら、「語学の学習は地味で退屈だ。江戸の人間は我慢がないから無理だ」と断られた、という話し。
今は、あまり都市も田舎もない気がするが、それでも比較すれば、都合良く、良いとこ取りで、切り身の生活をしているのはやはり、都市生活者の方だろうなぁ。
最近、星新一のショートショートを読み返した。すごい!中学生の時分、つまり1970年代に読んだ時も面白かったけど、今読むと、すごい、の一言。
環境問題、臓器移植、他の惑星との戦争(十分今のイラク状況に似てる)、しゃべる事務機、これらが30年前に書かれている。
そして、あたふたしていて、ちっとも解決策が見えない現状。今ごろ、あちらの世界から笑って見ているのだろうなぁ、星新一さんは。
簡単です。油揚げの中に、納豆を入れて、フライパンで焼くだけ。普通に食べるより、確実に2倍以上の納豆を食べられる。
通常は、タレにおかか、青海苔、ねぎなど入れて食べているんだけど、子供達があれが多いの少ないの、入れるな入れろ、とまあうるさい(食べられるだけありがたいと思えってんだ)..のに 油揚げだと文句も言わずに一枚以上、ぺろりと平らげてしまう。
お久しぶりのヒットでした!
節句餅が終わった。白・赤・青の三色餅と玄米餅・アワ餅・草餅の配達も終わり、残った物を切って店頭に並べた。これで、年末から始まった餅の季節が一段落。ご苦労様→自分と家族。
今はマンションに入ってしまっているので、自分の店では出来ずに、親戚(ここも米屋)に餅作りはお任せ。餅米、モチアワ、よもぎなど原料が いい物ばかりで、自分で売ってて言うのも妙だが、うまい!醤油をつけて海苔で巻く、きな粉、あんこ、どんな風に食べても美味しい。
さてと これで、新年を迎えたような感じかな。一息つく間もなく、四月に市議会議員選挙のお手伝いに、五月のお祭り。そこで一息つくと、もう夏?まさに、光陰矢のごとし!しっかし、一体、仕事や家庭で、昨日より何を改善してきたのか、考えるとがっくりきちゃう。
新潟こしひかりの相場が全般的に上がった。大体4〜5百円/玄米60キロ上がるようだ。玄米60キロは白米だと53〜54キロだから、白米にすると75〜95円/10キロ上がる見当。
今回の相場は、最近の偽装表示の摘発を受けてのもの。米卸が慌てて、新潟こしひかりの仕入れに動いた。要するに、本物の新潟こしひかりを買っておかないと、役所の調査が入ったときに、説明がつかないので。毎回、同じことを繰り返している。
今後の対応は、
の3つの方法がある。普通の米屋じゃ、二番目しか出来ないだろうなぁ。また、我慢だ。嘆息!
娘が学校で、環境問題についてグループ学習をしている。ごみ問題を取り上げているようだ。環境取り組み先進国ドイツと日本とを比べて、憤慨している。「日本ってどうしてこうなの」「どうして、製造者責任にできないの」。調べれば調べるほど、彼我の違いを知らされて、いやになるらしい。
啓発されて、かみさんに注文をつけている。「買い物には必ず買い物袋を持参すること」「ペットボトルは買わないこと」。
逆に、文句も言われている。「食べ残さないようにね」。
ドイツは、なによりゴミを出さない・減らすことを大前提に法律を整備した。「元から絶たなきゃだめ」という姿勢だ。翻って、我が国は、出たゴミをどう処分するかを課題とした。相変わらず、根本にメスを入れることなく、小手先で処理しようという発想だ。従い、強調されるのは、「リサイクル」。これじゃダメなんだよね。
ゴミ問題の対応策は、4R=REFUSE(ゴミを出さない)・REDUCE(出すとしても出来るだけ減らす)・REUSE(再利用)・RECYCLE。最近、これにREPAIR(修理)を加えて5Rになったらしい。ドイツは、上から順番に優先順位をつけている。しかも、連邦制度なのに、環境問題は国が中心となって方針を作り、製造者責任を明確にし、ビン・缶・ペットなど業界自力で処分させているのに対し、地方分権推進などは掛け声ばかりで相変わらずの中央官僚集権国家であるはずの日本は、国全体で統一した姿勢を打ち出して製造者責任を明確にすることを避け、出してしまったゴミのRECYCLEが中心で、ゴミの回収・処分を地方自治体に押しつけている。
地方自治体はまた地方自治体でリサイクルの処理率向上にばかり目を奪われて、その一方で普通ゴミの焼却灰を捨てる処分場が数年で満杯になることから、かなり問題がありそうなセメント化を推進しようとしている。何か、すべてが「こじつけ」と「小手先」と「問題の先送り」。
一月、インフルエンザにかかってその後遺症で一ヶ月体調がぐずついていて、またHP内の注文フォームの手直しで、手一杯 でした。一応の言い訳?
また、米の偽装が福島で発覚した。情けないが、まだまだ続くらしい。あまりに情けないので、この話しは「お米雑学」にまとめよう。ただし、今後の偽装隠しのために米卸が「魚沼・新潟のこしひかり」を買いこむらしい。この一時需要のせいで、相場が高くなる見込み。しょうもない状況!
さて、この一ヶ月、新聞等で読み聞きした話+業界情報を紹介。
糖尿病などでタンパク質の制限を受けている方のために、「春陽」というお米が開発されている。総タンパク量は、普通のお米と変わりないが、すぐ吸収されるタンパク質が1/2から1/3。遺伝子操作ではなく、放射線照射による突然変異を利用したもの。種の純粋さを保つために、種籾(たねもみ)が限られており、また田んぼや米作りも他のお米とはっきり分ける必要があるために、まだ生産量も少ない。
当店では、ある人のご紹介で、若干量だけ入荷。早速、食事制限をしている親戚に試食してもらった。今まで、食べていた病院紹介のレトルト米(何らかの化学的処理でタンパク質を減らしたもの)よりはるかに美味しい、との評判でした。
東京都と食糧事務所では、監視を強めているらしい。まず、食糧事務所は特に大型設備を持つ精米工場に対して、場合によっては人を張りつけて、返品をタンクに戻せないよう監視したり、仕入れと販売の伝票と現物とのチェックを厳しくしたりしているようだ。東京都は、スーパーに対して、価格を指定しての要求を出してはいけない、と指導しているそうだ。その余波で、特に23区内では、精米タンクに戻せない色々なお米を安く米屋に引きとって欲しい、という米卸が現れた。
マスコミや消費者にも少し、考えて欲しい。ビールなどのように、全国規模のメーカーの一律ブランド商品で、かつ大量販売にバックマージンが出る流通の仕組みならば、ディスカウントという商法が成り立つ。お米はそうではない。自分の仕事や配偶者の仕事が、いつでも2〜3割安く提供できると考える生活者はほとんどいないだろう。ところが、他の人が提供する財やサービスは、そう出来ると考える二重規範。そろそろ、もう少し賢くなってもいい頃ではないだろうか?
偽装問題を悪化させた一因は、安売りだ。お米は安定供給を一義とする農水省(食糧庁)の管理下にあったので、細かいこと(これがまた色々あるのだが)を省けば、産地からの仕入れ値段は米卸の大小にかかわらず変わらない。従って、他所より安くしてなおかつ利益を出すためには、原則として原価率を下げる=中身をごまかす、しかない。ところが、マスコミでは、安売り=消費者利益、という報道がまかり通っているために安売りの流れに逆らえない。
さらに、エスカレートしていくスーパーの要求も状況を悪化させた。お米は、返品なしが原則なのに、最近は返品を受け付けないと納入させてもらえないとか、「あきたこまちをいくらいくらで」などと、出来もしない条件を要求される。受けなければ、他の卸に持っていかれるので、結局、自社に利益を残そうとすれば、原価率を下げる=他のお米を混ぜる、などせざるをえない。返品だって、捨てるわけにはいかない。精米タンクに戻すだけだ(だから、精米日の表示なんて意味がない)。
スーパーの横暴はいくらでもある。勝手に赤伝票を切ってきたり、売出しへの値引き協力が出来なければ、棚卸に人を出せ、と言ったり。最悪は、売出しの時は値引き仕入れだが、返品(通常商品も売出し商品も一緒にして)は、通常価格で、というもの。返品したほうが利益が出るそうだ。「安値は消費者の見方」というマスコミ受けのいいスタンスを武器に、まさに無理が通れば道理が引っ込む。これに付き合おうとすれば、どこかに無理が出る。様々な食品で、偽装や不正表示が摘発されているが、その根がどこにあるか、良く見極めないと、絶対なくならない。
一応、断っておくが、全部のスーパーが悪質だということではない(と期待する)。会社やバイヤー(仕入れ担当者)の姿勢如何だろう。ただ、売上至上主義にあっては、単品で2000円の金額が出る日用食品はお米しかないので、いきおい、お米にしわがよる、というのが実情だ。
最近の偽装ニュース!
食糧庁 木徳神糧株式会社における精米の不正表示に対する措置について
2002年、神奈川県港北食糧販売企業組合(神奈川県記者発表資料)
2002年、埼玉県内大手米穀卸売業「ナンブ」(「議員情報ネットワーク埼玉」)
2002年、米販売店15%、不正表示 農水省など75業者に改善指示(2002年5月9日、朝日新聞)
2002年、福島の米売買取引会社「カネクチ山口」が未検査米を検査米として偽装販売(仙台食糧事務所福島事務所)
2002年、千葉船橋市の食品卸会社「ユアサ・フナショク」(朝日新聞社 asahi.com my.town)
2002年、茨城「柳田商店」(常陽新聞ニュース)
2001年度に水戸事務所が実施した買入調査では、調査した県内二十七業者・商品三十点中、十一業者・十二点で不正表示があった。
2001年、青森県内の大手米穀卸「パールライスあおもり」(Web東奥・ニュース20010319_2)
木徳の摘発だが、子会社の木徳滋賀が「にせこしひかり」を販売したという内容。
調べによると、不正表示の内容とは木徳滋賀が14年1〜7月にかけて少なくとも200トンの未検査米を使用し、新潟県産コシ13年産100%と表示した製品を生産、木徳神糧が販売したというもの。(出所:http://www.japan-rice.com/news-main.html)
氷山の一角だが、やっと大手卸にもメスが入った。役所もレーゾンデートル(存在証明)のために必死だ。しかし、木徳本体には大した影響もなく済みそうだ。イトーヨーカドーも切らなかったし、取引生協も「うちの扱いはDNA鑑定してます」と組合員に説明して取り扱いを継続している様子。今まで、摘発された米卸が瀕死の重症になっているのと偉い違いだ。さすが、木徳なのか、やっぱり木徳なのかわからぬが。
「米雑学」にもちょっと書いたが、お米の不正表示は複雑な歴史背景を持つ。牛肉とはちょっと違う。元々、米業界では、米屋だけが精米設備を持っていた。そして、米屋にとっては、安定した食味を年間通して提供することが使命だったのでブレンドが必然だった。ところが、米卸が自社設備を持ち精米を始め、スーパーが米販売を始め、そして、「ブランド米」の登場で、時代が大きく変わった。
それまでの、食味を安定させるためのブレンド技術は必要なくなり、一年通じて不足してしまう「ブランド米」を薄めて年間もたせるため、そして、安いお米を混ぜて利益を確保するためのブレンドが横行することになった。
このあたりの歴史は、「お米雑学」ご参照。
年末は、餅やら片付けやらで、全く「徒然なるままに」、とはいかなかった。人の事など構っていられなかったけど、そんな中で情けないニュースが!
木徳神糧という最大級の大手米卸が「こしひかり」の不正表示で摘発されたっていうもの。
食糧庁の発表(平成14年12月27日)では、
◎概要 1 木徳神糧株式会社及びその子会社に対する立入検査の結果、子会社が生産し、 木徳神糧株式会社が販売していた精米の一部にJAS法に基づく玄米及び精米 品質表示基準に違反する表示が認められた。 2 このため、木徳神糧株式会社に対してJAS法第19条の9第1項の規定に 基づく指示を行った。
「お米雑学」にも少し書いたけど、しばらくこの問題について書いてみます。
木徳神糧HP http://www.kitoku-shinryo.co.jp/
もうこれだけ書いたのでそろそろこのシリーズも終わりにしよっと。
ワールドカップで信じられない盛りあがりと、にわかファンを生んだ日本のサッカーですが、まだまだJリーグの理念が理解されているとは言い難い。
とにかく、一極集中の是正、年齢層毎に色々なスポーツを楽しめる土壌、職住近接、地域の防災防犯力の強化、地域商店街の振興、すべてJリーグの理念と同じベクトルにあることが、サッカーファン以外の市民の共通理解になって欲しい。
J1からJ2への降格が決まった札幌コンサドーレ、J2からJ1への昇格が出来なかった新潟アルビレックス、どちらも二万人のサポーターがスタジアムに集まる。地域に支えられたこういう地方のチームが活躍し、同じようなチームが他にも日本中に生まれてくるようになれば、自ずと理解が深まっていくだろうか?
結局、この話しも、複雑系の話しなんだ。
つまり、Jリーグが目指す「地域に根ざしたスポーツ」は、私達がこれからどのような生活をするのか、ということと密接な関係を持っている。通勤時間、仕事の仕方、地域との関わり方、子供との関わり方、ずっと問題になっている事柄ばかりだ。
鹿島アントラーズ・ジュビロ磐田、現在のJリーグを代表するチーム。今、鹿島・磐田と聞いて「そこどこ?」と聞き返す人は少ないだろう。どんな町おこしよりも効果的。鹿島は、鹿島神宮もある古い町だが、現在は住友金属の城下町。逆に、それしかないので、若者が暴走族になったり、東京へ出ていってしまっていたのが、アントラーズという核が出来て、若者がサポーターとなって、地域に愛着がわき、地元に残る意識がでた。アントラーズは、フットサル(ミニサッカー)コートを作り、そこで地元のサッカー愛好家がフットサルを楽しむ。さらに、サッカーだけでなく子供達へのバスケットボールの普及にも関わっている(住友金属は企業バスケットチームを解散してしまったのだが)。さらには、老若男女、多くのサポーターがスタジアムを埋め尽くす、有数のチームとなっている。
Jリーグ自体の存在自体が地域の活性化とそこで暮らす人々の暮らし振りの変化につながり、それがまたJリーグのような地域に根ざしたスポーツを支援する、という相乗効果。
こんなチームが日本中に一杯出来たらどうなるだろう。
何か、見えてこないだろうか?
ところで、Jリーグ創設時あれほど人を集めていた「読売」ヴェルディ。ジャイアンツ同様、全国的な独占人気チームを目指したために、根ざす地域もなく、サッカーファンからは愛想をつかれて、現在はJリーグでも有数の人の集まらないチームになってしまった。
川渕さんが影響を受けたドイツは、連邦制度。各州が独自性を持って運営している。ヨーロッパは基本的に地域主義。フランスは多分に中央集権的。フランスのプロサッカーリーグがあまりメジャーでないのは偶然ではない。地域優先の国は、こぞってサッカーリーグが隆盛である。ドイツ・イタリア・スペイン。イギリスは、また特殊。人口はロンドンに集中気味。ただ、サッカーリーグは、イングランドとスコットランドに別々にあり、イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランドの四地域にそれぞれのサッカー協会があり、代表チームがある。日本なら、本州・北海道・四国・九州に分かれているようなもんだ。
ロンドンとパリは一千万人の人口があるが、ドイツやイタリアでは、大きい都市でもせいぜい100万人。各都市にスポーツクラブがあり、サッカーチームがあるから、一部・二部リーグ合わせて36とか40のチームが存在できる。実は、その下にもリーグがあるから、とんでもない数のチーム、つまりチームを支えることの出来る都市があるという意味。 日本では、「Jリーグはチーム数が多くて覚えられない」なんてのたまうスポーツ評論家がいるが、意味がわかっていない。
日本でも、道州制を唱えた人がいたけど、多分そういう人でもJリーグの志向する社会が道州制と同じベクトル上にあるとは気がついていないかもしれない。
地域主権、職住隣接、ボランティアなどの地域活動、これらは皆、Jリーグと同じベクトル。想像してほしい。読売ジャイアンツ(*)を応援に東京ドームに行くサラリーマン。通勤に1時間以上。仕事帰りに野球観戦。この人が、野球観戦行かない日に、地域でスポーツを楽しんだり、地域ボランティアを出来るだろうか。政治も経済も中央集権・一極集中こそが、読売ジャイアンツにとって望ましいスタイルなんだ。新聞などでは偉そうなことを主張しているけど、完全な二重規範の見本だ。
(*)読売ジャイアンツは、以前「TOKYO」という文字をユニフォームに縫い付けていたが、今年それも「YOMIURI」に変えてしまった。
Jリーグの方針の一つが、チーム名に企業名を入れないこと、である。チームを支えるのは、地域(ファン)・企業・行政であり、特定企業ではない。浦和レッズは、浦和の人が支えるのだから、三菱レッズではだめだ。同様に、トヨタグランパスエイトでは、愛知県のトヨタ以外の自動車メーカーの人は応援しないし、日産マリノスも同様。
実は、欧州のサッカーチームの多くは企業がオーナーになっているわけではなく、元々有志で作られたクラブがそのまま発展し、スポンサーとして企業が付いているケースが多い。したがい、チーム名の多くは、地域名だけ、というのもざらにある。逆に、企業が中心となって作ったクラブは、企業名を冠しているものもある(*)。この点、Jリーグの方針はかなり無理があったわけだが、川渕さんは将来を見据えて徹底的にこだわった。
Jリーグの理念も実際はすぐに理解されたわけではなかった。決定的だったのは、トヨタが理解してくれたこと。「何故、企業名が付いてはいけないのか」、川渕さんの説明を理解したトヨタの社長は、トヨタが持つ名古屋グランパスエイトの株式を50%未満にして、残りを愛知県内の様々な企業に持ってくれるよう働きかけた。「50%未満の株式所有なら、十分株主に説明がつく」、Jリーグの理念を現実に結びつけることを身をもって示したのがトヨタ。さすが、世界的な企業だ。トヨタの車は好きではないが。
トヨタが応じたことが、Jリーグ参加希望チームのオーナー企業に多大な影響をもたらし、結果として、チーム名(正確には、チームの呼称)から企業名をはずすことに成功した。 それでも、読売はしつこく、読売新聞・報知新聞などで、川崎ヴェルディではなく、読売という名前を使っていた。情けないの一言。
(*)ドイツのBayer Leverkusen、オランダのPSV(Philips Sport Verenigingen) Eindhoven は堂々企業名が入っている。しかし、そのどちらも地域=企業、とも言える土地柄であり、読売さんとはエライ違い。
Jリーグの方針に最後まで反対していたのが、読売の渡辺会長。曰く、「川渕は独裁者」「高い金を出して宣伝に使えないなんて株主に説明がたたぬ」「賛同者と別のリーグを立ち上げる」云々云々。江川事件、桑田事件でも巨人ファンをやめなかった小生もこれで読売を見限った。
世の中の企業に対して、「これからは利益だけでなく、社会的貢献も必要」「中央集権から地方主権へ」なんて主張をさんざん偉そうに述べてきたマスコミ。その中でも、部数世界一を誇る読売。正体見たり。
テレビでは巨人戦だけ放映して、特に子供を徹底的に洗脳して、新聞購読サービスに巨人戦のチケットを活用。今から思えば、何とスポーツを悪用してきたことか。そして、日本全国に巨人ファンを作る、この中央集権主義。日本のスポーツ全般を今後どのようにしたら良いかという、総合的な理念はなく、ひたすら「巨人=読売のための」行動。よくもまあ自分も、徹底的に騙されていた。
先日紹介したクラマーさんが、多摩川の河川敷野球場を見て驚いた。「さすが、野球の国、日本」。そして、これが巨人軍のグランドと知ってさらに驚いた、「まさか、この貧弱なのが日本一のプロ球団の施設?」。自分の施設がこれだから、日本全般のスポーツ環境をどうするかなんて、考えもつかない。
今年のアメリカ大リーグ。ワールドシリーズ優勝のアナハイム・エンゼルズ。オーナーはあのディズニー。優勝パレードには、ディズニーのキャラクターが参加したけど、チーム名にも普段の活動にもディズニーはどこにもいない。イチローがいる、シアトル・マリナーズ。オーナーは任天堂。普段、任天堂を感じさせるものは、スタジアムの広告以外はない。日本のプロ野球に組織として似ているのは、アメリカ大リーグだが、これだけ違う。とんでもなく目立ちたがりやのオーナーもいるが、チーム名には企業名は絶対付いていないし、チームはあくまで地域のファンのため、ということが一義。株主への配慮が何より要求されるアメリカですら、スポーツの位置付けはこうなのに、渡辺会長はよくもまあ、国民が無知だと思っているらしい。
ところで、「別のリーグを立ち上げる」というのは笑止千万。実は、サッカーでは一国一協会と決められている(例外は英国)。FIFA(国際サッカー連盟)で、そう決まっている。したがって、日本サッカー協会が現在のJリーグ以外にプロリーグを立ち上げない限り、別のリーグを作ることなど不可能。こんなことも知らない、ことを世間にばらしてしまったわけだ、読売は。
あれこれ、書きましたがJリーグのサイトなどにも分かりやすく書いてます。
Jリーグ百年構想 〜スポーツ文化の確立を目指して〜
「Jリーグ百年構想」( モデルであるバルセロナFC) ◇執筆者;斯波祐介 Baseball Monthly Vol.018
Jリーグの前チェアマン、川渕三郎さん。今、テレビで見るとただのおっさんだが、実は元日本代表のフォワードで、東京オリンピックにも出場。逆転勝ちしたアルゼンチン戦では、同点ゴールもあげている。1960年代に、日本サッカーは強化のために、当時西独のデットマール・クラマー(Dettmar Cramer)さんを招いたこともあり、西独(デュイスブルクのスポーツシューレ)に強化合宿に行った。川渕前チェアマンがその時に見たこと感じたことが、Jリーグの理念のベースになっている。
じゃ、それはどんなの?簡単に言えば、各市町村にスポーツクラブがあり、年会費も安く、様々なスポーツを年代別に楽しむことができ、それぞれのスポーツには資格を持つ指導者がいて、体育館以外にも芝生のグランドが何面もある。組織のトップは、プロサッカーチーム。そして、これを行政・企業・市民が後押ししている。
元々スポーツクラブはあったようだが、第二次大戦後、国策として西独は国民の健康増進のためにこのようなクラブスポーツを推進した。学校単位・スポーツ種目単位ではなく。一つの成果が、1954年(昭和29年)、スイスで行われたサッカーワールドカップでの優勝。昭和29年の日本におけるスポーツ事情を想像すると彼我の差は何だろう?この時、西独にはプロサッカーリーグはなかった。相手は、プロもしくは東欧のステートアマだったことを考えると、すごい。
川渕さんは、古河工業でサラリーマンとして評価されなかったことが一つの契機となり、現在のJリーグ創設に邁進することになったが、その時にベースとなったのが、西独での体験。単なる、一スポーツ種目のプロ化ではなくて、本当の社会改革(維新)につながるようなものにしたい、という大きな理念がその根底にあることはあまり理解されていない、と思う。
でぇぃきれいなジャイアンツが優勝しちまいやがった。にやけた、渡辺オーナーの顔も見たくない。が、とにかく原さんおめでとう!現役時代の苦労が、人遣いのうまさにあらわれていました。ミスターとの大きな違い。あんまし好きじゃない西武相手だったので、どっちが勝ってもいいや。
キャッチボールもしたことがない渡辺オーナーの戯言はしょうもない。Jリーグの理念もわからず、企業エゴ丸出しのおっさんだ。大体、企業の公的責任なんて新聞に書くくせに、自分から範を示してみい。
ま、いいや。松井がメジャーに行く。エライ!!! 心配だろうけど、頑張って欲しい。松井は、天然芝が欲しい、と言っていた。しかし、ドーム球場という興行優先のジャイアンツとその提灯持ちばっかの業界じゃ、しょうもないよね。メジャーに憧れる気持ちがわかる。イチローのスライディングキャッチを生で見れるのは、天然芝球場のメジャーだけの特権。
以前テレビで、テリー伊藤が「仙台あたりから見に来る人にとって、お天気の心配がないドームがいい」なんて、またわけわかんないこと言ってた。Jリーグの仙台や新潟のスタジアムを見るがいい。すごい盛りあがりだ。元々、野球人気が高かった仙台や新潟も、年間何試合もこないプロ野球と腰を据えて地域で頑張るJリーグじゃ、思い入れが違ってくる。基本的に、スポーツは地域に根っこがないと。胸にわざわざ「読売」の企業文字を入れたジャイアンツの姿勢のみすぼらしいこと。
でも、まだJリーグの理念って理解されてない。野球対サッカーの人気、とか狭い範囲でしか見られない。将来の私達の暮らし方にかかわる話しなんだけど。ということで、新シリーズ、Jリーグの理念、地域に根ざしたスポーツ振興。
あ、おまけに一言。昔は、狂がつくジャイアンツファンだった私です。勝った日は、すべてのスポーツニュースを見ないと気がすまなかったし、日本シリーズで阪急や西武に負けた時はほんと、眠れなかったくらい。
メダカは最初ペットショップで買ってきたが、その後は勝手に繁殖している。と言っても、生まれるそばから親が食べちゃうんだけど。乾し藁を入れておくと、ミジンコがどんどん涌いてくるので、エサには困らない。しかし、ミジンコもすごい。藁に卵を産み付けているらしい。水を張ると「わっ〜〜〜〜」って感じで出てくる。何でも、何年前の藁でもちゃんと生まれるらしい。自然のたくましさ。
田んぼの中には、藻が一杯になるんだけど、それが日中、光合成をして酸素を供給している。田んぼの中じゅう、酸素の粒だらけだ。家の水槽では、ぶくぶくを入れておかないと魚は死んでしまう。田んぼは何もしていないのに、藻が出した酸素のおかげで、水の生物が住めるし、多分土に吸収された酸素が稲の根っこにもいいんじゃないかな?
イネツトムシとかいう蛾の幼虫が何匹かいた。イチモンジセセリともいうらしい。葉っぱの上の方をかじっては、葉っぱの根元を糸でつづり合わせた巣(ツト)に潜んでいる。葉っぱがかじられると、光合成の力が落ち、穂の出が悪くなるので嫌な奴だが、実際の田んぼではそれほど多くは出ないらしい。中には、他の虫か何かに食べられてしまって頭だかおしりだかしか残っていないのもいた。一匹捕まえて、ツトを開いてみたら、しばらくして口から糸を出して葉の両端を結び始めた。何十往復もして糸を太くした後、しばらく休んでいたが、突然糸が一人でに縮んで葉っぱを閉じてしまった。すごい。
今年はカマキリも来た。何日も居座っていたので他の虫を狙っているのかと思っていたら、ある時、逆立ちになりカマを水面に入れてじっとしているところを発見。まさか、メダカを狙っている?田んぼから放り出したが、良く見ると確かにメダカは減っている。お前、メダカ食ったのか?
こんな小さな田んぼでも、随分虫がやってくる。良く見つけるもんだ。そして、自然っていうやつのその上手く出来ていること。すごいもんだ、と改めて思う。
そろそろ店の前のプランター田んぼも稲刈り。田んぼの水も抜いたし、メダカ達も避難させたし、あとは穂の色がもっと黄色くなるのを待つだけ。今年は、ピカピカテープのおかげで雀の被害も皆無だった。二年振りの豊作?
それにしても、田んぼは面白い。本業だったら、収入に影響するのでしゃれでは済まないが、趣味でやってる分には無手勝流。毎年、違うし、色んなことを考えさせられる。じきに、今年の田んぼの推移をアップしよっと。
当店の米作りは適当もいいとこ。現代農業の読みかじりと数軒の農家からのアドバイスのミックス。まず、肥料は、前の年に乾し藁とヌカをまいておき、今年になって水を張った時にも、同じように乾し藁とヌカをまいた。途中で、適当に化成肥料をぱらぱらと三回くらいやり、乳酸菌と自然塩、そして珪酸塩白土という土をやっただけ。
ボウフラが涌かないようにメダカを入れる。メダカは、土さえあればエサはいらない。去年のメダカを田んぼの土を入れた水槽でエサ要らずで飼っていたのを田んぼに戻すだけ。近所の小さな子供は、メダカを見るのが楽しみなので、普通の米作りでは途中で田んぼから水を抜くのだが、それが出来ない。水を入れっぱなしだと、根ぐされするらしい?ので、珪酸塩白土という水が腐らないという土を入れる。本当は、光合成細菌ってやつを使うといいらしいのだが、見つからなかった。後日、ペットショップで発見。水が腐らない、という目的で使用すると書いてあったので、効果は同じだろうという素人判断。
さて、今年は、福島のがんたらさんからもらった苗を使った。すべての苗を一粒づつに分けて、一つ苗、二つ苗、多数苗、と三つのプランターに植えた。イメージは、疎植と密植の違い。今までの農法は、3〜4粒の籾を一苗にして、それを密度濃く植えることで、多収を狙うというもの。最近は、密植では光の取り合いになり、背丈ばかり伸びたひょろひょろ稲になり倒伏しやすくなるなどの指摘からこれまでとは逆に、出来るだけ薄く播くという、疎植も増えている。
当初、一番成長が遅かった一苗稲は、徐々に太く太く成長し、密植苗が細く縦に成長したのに比べ、43本もの茎に分けつし、しっかり横に張り出して、全ての茎から穂が出た。無効茎は一本もない。密植では、8〜20本くらいに分けつし、ひどい物は有効な茎が一本しかないものもある。一苗稲の株は太く、台風の強風にも一番強い。何か、子育てをほうふつとさせる。
強い苗を作り、広い所にほおって置く、最初はなかなか大きくならず、やきもきさせるが、途中から見違えるような強さで成長する。太い根元は、しっかり上部を保持し、虫や病気にも強い。そして、密植と比較すると、全体の穂数では劣るものの、一つの穂につく籾の数が多く、一粒一粒がまた大ぶりだ。
自分の子育てを思うと、嗚呼。土台をおろそかにして、吸収する力が備わっていないのに、フォアグラを作るように、何でも詰めこんでいく。お遊びみたいな米作りにも、教わることがある。
色々言ってきたけど、結局何?
要は、社会の全ての要素に自分の意思が反映しているということ。必ず、回りまわって自分や家族や子孫にはねかえってくるということ。ある生活局面、例えば、消費・防災・環境・教育をそれぞれその部門だけで改善しようとしてもうまくいかないこと。格言風に言えば、「情けは人のためならず」(他人への情けは、他人のためではなく、自分のためである、というこの格言は、最近、「情けをかけてあげるとその人の為にならない」という誤った解釈で使用されることもあるが)。
政治も経済も、教育も環境も、税金で作った「社会」っていう向こう岸の誰かがどうにかしてくれる、自分はその中で全て自分の都合に合うものだけをピックアップしていく、という今までの風潮は、天に唾するものなのに、いまだにマスコミでは大手を振ってまかり通っている。そろそろ、そういう戯言にはバイバイしたい。
明日、待ちに待ってた庄内のお米が来る。農家さんが、化成肥料を有機に変えて、収量が若干下がったと言っていたけど、その分、食味が楽しみだ!この農家さんは、茶豆やサクランボも作っているので、お米以外もとっても楽しみだ。いやぁ〜、今年の茶豆もおいしかった。来年は、サクランボも販売出来るくらい作れると言っていたので、待ち遠しい。
大店法で量販店の規制をするって?消費者にとっては量販店の方が便利だから、消費者利益を考えれば大店法なんか意味ないんじゃない?自分も一人の消費者としては、そう思う。今の大店法って、政治屋が中小小売の票欲しさに出来もしないくせに「小売店の皆さんの立場を守ります」って宣伝するために存在してるんじゃないの。
以前、会社勤めでヨーロッパをぐるぐる出張で回った時にいつも感じたことだけど、街中が落ち着いていて、量販店もあるけど、小売もある。そして、土曜日は半ドン、日曜日は休み、となんて不便。でも、小売だけは営業していた。休みは宗教的伝統も関係。
人口40万人のドイツの都市、デュッセルドルフ。街中には百貨店が二軒しかない。そして、郊外に大きな市場が。人口23万人の府中でも、17軒のス−パーがある。デュッセルじゃ「何でもっとないのかいな?」と思ったけど、聞いてみたら、市民の代表で作った「街作り条例」みたいのがあって、量販店の数とか営業時間とかを規制しているらしい。
消費者としては量販店は便利だけど、生活者としてはそれ以外に考慮すべきことがあるので、自分達が暮らす自分達の町を総合的に判断している
、ということらしい。それを聞いて彼我の格差に嘆息!ついでに、自分の視野の狭さも、嗚呼!
府中市でも、市民の有識者を集めて「総合計画」なるものを作ってるけど、すべての項目がばらばら。まさに総花的。自然環境を守り、文化を高め、学校教育を拡充し、青少年健全育成に努め、防災対策を強化し、商店街を活性化し、生涯学習・スポーツの環境を充実し、地域の結びつきを再構築し、……。素晴らしい 「紙」。すべてを横につなぐ物がない。すべてそれぞれの担当部署が縦割りに仕事をし、それぞれに関わる市民もまた縦に割れている。実行主体であるべきの市民の覚悟なんてどこにもない。
結局、大した進展もないまま時は過ぎ、、何年か後には、行政として作成することになっているから、また新しい「総合計画」が出来るんだ。
環境保全に関しては行政の縦割りではどうしようもない。緑地率がどんどん下がった。当たり前だ。府中市の場合、大国魂神社・八幡神社・多摩川河川敷・競馬場・刑務所・東京農工大学・浅間山など今後も減らない緑地がある。結局、減っていくのは農地と雑木林・屋敷林。宅地並み課税、生産緑地30年制度、相続税。緑地が減っていく。緑地率の向上を目標としたって絶対不可能。それで、今度は緑被率なんてぇ面白い用語が出てきた。実質的には無意味でも、行政目標としては意味がある?そのうち、緑視率になるのか?
学校の土はもう木を植える場所がなくて、もう勘弁してだって。本質的な対策でなく、出来るところだけの対処療法だから、そうなっちゃう。本当に緑地率を維持したいのなら、農地・雑木林の保持と同時に、一軒が数軒に化けるような建て売り建築規制が絶対必要だ。それは何を意味するか?
土地利用に関係するすべての部署がベクトルを同じにして、各種の条例を作り、強い姿勢で民間の開発業者にのぞまねばならない。また、所有者に将来の土地利用に関する制限を付けながら、相続で土地を切り売りしなくてもすむための方策も必要となる。要素還元主義からの脱却がない限り、緑地を守ることなど出来ない、ハズナノニ。
出来ないとわかっている目標ほど意味のないものはない。英語の格言で、
"What's worth doing is worth doing well."
てぇのがある。「やる価値があるものは、ちゃんとやる価値がある」。緑を大事にする府中市だから目標設定しなきゃならない、んじゃなくて、目標設定する価値があるんなら、本気になってやらなきゃ。
ps.明日、ハリポタ新作発売だ。さぼってたペーパーバック読み始めようっと!
ある時、自然環境保全を考える市民の会合に参加した。市役所職員も説明に参加。一人の参加者が、「緑地を守ろうという府中市の対応は本気とは思えない」「近所の屋敷林がある家が相続で売られてマンション化される。あんなのを許していいのか。娘と季節の移り変わりを楽しみにしていた」と。はてさて、嘆息。
個人資産の売買に行政が関与できない、なんてぇ常識も知らないことは置いといて。何で相続税が払えない。高いから。土地評価が高い。マンション建設できるほど。回りが便利だから。学校が近くで、病院が近くで、駅が近くで、スーパーが近くで。要は、人がたくさん集まっているから。その一人が自分なんだ、とは考えない。自分だって、便利だから住んでいる。相続税が易々払えるような辺鄙なところに住めばいい。
「季節の移り変わりを楽しむ」、風流な話しだが、全部受け身。落ち葉掃きが大変だから、お手伝いしようか、なんてぇ関わり方は考えない。何でも、行政が社会が他人が準備してくれる?もし、落ち葉掃きを手伝うボランティアの会でも作れば、所有者も何とかしようと考えたかもしれない。世話が面倒な屋敷林でも社会に貢献していることがわかれば、気持ちも変わる。
商業再開発もそうだが、開発が進むと固定資産税が増える。府中市では、一般税収がどんどん減っているが、固定資産税がどんと増えた。しかし、開発が止まれば、固定資産税は着実に減少していく。「だから開発すべき」ではなく、税収が落ちていくことは必然だという覚悟が必要。そこに介護保険のような絶対増加する追加支出。ほんで、役所や議員が言う「何でもいいことづくめの町作り」はどうやって出来る?今だ、一部グループが発行している「市民税は減っていないのに福祉カットを市民に押し付ける」とかいうチラシを見ると、またまた嘆息。その人達が緑を犠牲にした開発に反対してきたことは評価できても、その開発のおかげの固定資産税で市民税のレベルが保たれていることを市民に正しく伝えない、てぇのは衆愚政治。保守と変わりない。
どこまで続くか、このシリーズ。防災の話しを前にしたけど、「消防団」ってご存知?ご近所に「〜〜市消防団第一分団」なんて書いた消防小屋を見たことは?実は、火事に駆けつける消防車は、全部税金で賄っている消防署から来る車と、地域の人が自分の仕事を持ちながら半ばボランティアでやっている消防団の車の集合(半ば、というのは、一回の火事で3000円程度の出動費が出るから)。府中の場合、一つの火事に5台の消防団車が出動する。
消防団の人は、仕事後に集まって放水や設備の訓練をしたり、冬場には交替で夜間の「火の用心」回りをしたり、勿論受け持ち区域で火災が発生すれば、昼夜を問わず消防小屋に駆けつけ消防車で出動する。火事現場では、本職の消防署員が中心になって消火活動にあたるが、消防団も実際放水する。
楽器店が燃えた時など、消火できたと思ってもピアノの鍵盤(エナメル)が再発火することが続き、結局夜の12時頃の火事に対し現場を離れたのは明け方になってから、ということも。うちの前の八百屋さんで積んでいた段ボールに放火された時、市役所が街角に置いた消火器を使って消火したのも、飲みに出かけてた消防団員。
消防団員の構成員のほとんどが、小売商店・職人・農家。要するに、これから少なくなる人達。それで、震災後に良く言われる「災害に強い町」って、どんな町?結局、みんな、税金が作っている社会ってやつが、何でも面倒見てくれると思っている。マスコミも行政の不手際なんかは追求するけど、市民の自助努力とか助け合いなんかは訴えない。衆愚だ。行政もハード面だけの防災対策。これだけやりました、っていう形式主義。
ちなみに、私は消防団員ではありません。
商店街とゴミ減量という関係。ゴミは誰が出すの。市民。じゃ、そのゴミは元々誰が売るの?商店。じゃ、商店のバラ売りや簡易包装がすすめば、最終的にゴミが減る、ハズ、だよね。だけど、そうなってない。ナンデ?
いくら市民啓蒙をしても、結局、みんな自分の便利さが第一なんだよね。だから、買い物袋も持っていかないし、小売商店を一軒一軒回るより、スーパーで全部包装された品物を買うほうが断然便利。そりゃ、仕方ないよね。自分も消費者の一人としてそう思う。
そんななかで、商店街振興を考えたとき、小売商店が栄えてもゴミが増えたら意味がない、ハズなんだけど、そんな発想はどこにもない。実は、経営者や家族の意識一つで取り組める小売商店は有利なはずだ。スーパー vs 商店街、なんていうみみっちい考え方ではなくて、将来世代への負担も考慮した本当の消費者サービス(反対概念は、目の前の消費者わがままにすりすりしたサービス)を提供する商店が有利になるような特別税とか制度を考えるべきだと思う。
なんたって、売値に反映させるような方策が消費者には一番効果的!
「商店街振興」もお役所の大事な課題です。歯抜けの商店街て、何かイメージ悪いですよね。税金もあがらない。でも、本当の問題は何?
商店街がスラム化すると、一般的には犯罪が増えます。特に、青少年の問題が悪化します。ところで、商店街振興と青少年健全育成を関係づけて議論されることはありません。縦割り組織では、別々に対応するからです。
変質者がいるので、PTAのお母さん達が一所懸命に商店街の商店を回って「子供の緊急避難の家」としてのご協力を頼みます。ほとんどのお店は喜んで協力するでしょうが、実際小売店の数は減っており、頭を下げるお母さん達も大変です。ところで、この問題にかかわるお役所・学校の先生方・父兄は、小売店が着実に減っていく現実をどのように考えているのでしょう?自分達の日々の買い物と、自分の子供・生徒を助けてくれるかもしれない店の数(大人の目の数)が関係があるとは思いもよらない。買い物は、自分にとっての便利さを優先する買い物、子供の保護は、お願いできる範囲の商店街頼り。やっぱり、「切り身」なんです。
昨日、今日、中学二年生を二人、職業体験でお預かりした。去年に続いて二度目だ。総合学習の一環。小中学校の総合学習では先生が一苦労。そりゃそうだ、実社会体験のない先生方ではネタがない。小学校では、バケツ稲。中学校では、職業体験。ところが、頼みにいく事業所は、日頃全く付き合いのない、商店街。「緊急避難の家」とおんなじ話。
まだまだありますよ。府中市では、色々な審議会や協議会、懇談会、委員会なんてぇのがあって、有識者とかいうくくりで市民を集めてご意見を聞いて市政に生かす(はずになっている)。結構、予算もかかってる。私も出たことある。けど、これがまたほとんど「会議のための会議」「ご意見伺いましたレポートを作るための会議」「毎年、同じような市民啓蒙イベントを実行する人集めのための会議」になっちゃてる。
例えば、「ゴミ減量」という大目的があって、そこからリサイクルという一つの方法論が出てくる。そして、「リサイクルフェスタ」という市民啓蒙のイベントを打つ。ステージ作るだけで、100万円以上かかる。人に集まって欲しいので、有機肥料の無料配布とかすると、何十人も朝から並んでる。もらうと、さっさと帰ってしまう。イベントに協力するとかはしない。ステージ前は、フリーマーケット。参加者が植えこみに一杯ゴミを捨てていく。缶・ペットボトルを会場に持ってくると、ボールペン・蛍光ペンとか配る。資源回収ご協力感謝だって。だから、もっと飲料を買ってきて、ゴミだけ置いていく。最終目標は、「ゴミ減量」、それとも何千人集まったという報告書???
生ゴミを燃やした灰を持ち込む最終処分場がこれ以上作れない。府中市はずっと持込超過率ワーストワンだったので、必死になって資源ゴミの回収をすすめた。ビン・缶・ペットボトル・トレーの専用回収箱を置いた結果、資源ゴミのリサイクル率は向上。焼却灰の持込削減協力市ナンバーワンを達成。だけど、資源ゴミの総量は増えている。今のペットボトル・トレーは、リサイクルといっても石油に戻るのでもペットボトル・トレーになるのでもない。ゴミになる前にワンクッション置くだけだ。最終目標は、「ゴミ減量」、それともリサイクル率向上???
はてさて、この先どこにいくのやら?書けば書くだけ色々出てきます。
要素還元主義は、学問だけでなく、あちこちにはびこっています。私達の生活様式・思考方式もそうです。お役所もそうです。学校もそうです。企業もそうです。政治屋もそう。マスコミなんか、100%そうです。みんな、自分にとって便利なこと・有利なことだけは、そのままにしておきながら、世の中の問題を解決できると思っています。
阪神淡路大震災の教訓なんてマスコミではよく言います。けど、被害が大きかった神戸と少なかった淡路島の違いをきちんと検証したりしません。四捨五入で言えば、淡路島は昔の暮らしです。隣近所が知り合いで、隣同士の家族構成や寝ている場所までわかっている。消防団が組織されていて、災害時は、近所の人同士が助け合う。神戸では、そこに人がいることがわかっていながら、出勤だ授業だと瓦礫の山を素通りしていく。そして、普段私達は、「神戸の暮らし方」をほぼ絶対的に志向してます。いくら、お役所が防災倉庫に防災グッズを積み上げても、いざとなって使うのは市民同士です。町会や自治会にすら入会することをためらう私達が、非常時にどう対応できるというのか?教えて欲しいものです。
学校崩壊なんてのもしょっちゅう聞きます。「集中できない、座っていられない、黙っていられない、我慢ができない」子供達。番組に出てくる専門家さんは、「日頃の家庭生活です。夜更かし、ファーストフード、朝食抜き、ゲーム三昧。」とのたまわります。キャスターが適当なコメントをつけてそのコーナーが終わると、次は「不景気に挑む起業家達」なんてのをやります。取り上げるのは、「夜中の2時までやってるディスカウント店」「日本人の食生活を変えた男」「バーチュアルもここまできた、新規テレビゲーム」。おいおい、さっきのは何なんだよ。
あっ、明日は中学生が二人、体験学習に来るんだ。朝から忙しくなる。
もう少し説明をします。複雑系と反対の考え方が「要素還元主義」です。これは、今までの特に西洋科学を支えてきた概念です。肉体と精神を分けて考える(二元論)西洋医学がその分かりやすい例です。「病は気から」と言いますが、肉体と精神が相互に影響を与えあうというこのごくごく常識的な考え方は、科学としての医学ではきわめて軽視されてきました。 また病気が発見された時も、その原因を体や精神全体に求めることなく、病気が発症した部分だけを治そうという対処療法が中心です。臓器同士の関連や、一つの臓器が体全体に与える影響、また体全体がその臓器に与える影響を考慮することはあまりありません。
この、全体をパーツ(部分)に分けて、それぞれの問題を対処療法的に扱い、他のパーツや全体との関連・関係を無視する、という考え方は、実はすべての学問領域に浸透しています。経済学でも、余計に見える要素を除外し(これもまた問題なんですが)、出きるだけ簡単なモデルを構築し、残った要素を変更させることで、全体への影響力を考えます。しかし、要素同士が影響を及ぼし合うこと、全体がさらにその変更した要素に影響を与えることは、考慮しません。最近の経済政策がうまくいかない理由もここにあると言えます。情報が少ない昔ならいざ知らず、これだけ情報があふれている現在、政策当局者以外も政策の影響を先に先に判断の基準に入れてしまいます。投資家や消費者も常に政策の影響を割り引きして行動します。こうなると、折角の政策も効果が半減します。
ちょっと妙なタイトルだけど、これが私のここ数年の気付き!知らない人には 「なんじゃ、こりゃ?」だろうけど、これがわかるときっと世の中の見え方が変わってくるはず。 信じるものは救われる。ワタッシヲシンジマッスカ?
「風が吹いただけで、米屋がつぶれる」。米屋の部分に何屋を入れても良いのが、 最近の不景気。とにかく、小売はしんどい。と、ぐずるのはやめにして、本題。 「風が吹けば云々」は落語の話しだったか? 風が吹く→砂が飛ぶ→人の目に入って盲が増える→ 三味線弾きが増える→三味線の需要が増える→町の中の猫が少なくなる→ねずみが増える→ 増えたねずみが桶をかじるので、桶の需要が増える→桶屋がもうかる、こういう話し。
こじつけによる笑い話し、というのが落ちだが、実はこの話し、ここ数年学問の世界で当たり前に なってきている思考方式「複雑系」の見本とも言える。
本家複雑系では、「中国で蝶が羽ばたくと、大西洋にハリケーンが起きる」 なんて言うらしい。またまた、「なんじゃ、こりゃ」かも知れないが。
要するに、世の中は全てがつながっていて、一つの出来事が思いもかけない事態につながる可能性 を持っている。人間の浅はかな都合の良い考え方で、ある問題を解決しようとしても、複雑系では それが予想もしない部分・分野・全体に影響を与えていくので、期待していた結果が得られるとは限らない 。じゃ、どうすんの?
あらためて日記などと言うと、しゃっちょこばってしまう。お米のこと、生活のこと、何か気付いたこと、言いたい放題しま〜す。
さて、今年の新米シーズンも宴たけなわ。無農薬・減農薬のお米(慣行栽培より通常遅い)も徐々に入荷しはじめ、資金がぁぁぁぁ…!
宮崎こし、千葉ふさおとめ、茨城あきたこまち、という順番で新米が入荷したけど、正直がっかりしていた。新米の香りも粘りもあるけど、甘くない。割れる。中には、カメ虫被害(黒点米)の強烈なのもある。ということで、どうなることかと思っていたが、栃木こしひかりが良かったので、それからちょっとほっとしている。
気温が高すぎ、高温障害とやらが出ているようだ。北海道・青森は低温障害で、以前の米不足の時よりひどい所もあるので、日本は広い。
まあ、今年もなんとかなるだろう。最後はいつもこうだ。
今日、強烈な玄米を持ちこまれた。虫(メイガ)の幼虫の沸き始めなんだけど、その数がすごい。よくこんな米を保管していたものだ。普段は断るべき物なのに、誤って受けてしまった。さぁ、大変!今の精米機に投入することなど死んでも出来ないので、古い小型精米機を引っ張り出し、分解掃除し、四回も機械にかけながら、なんとか精米した。しかも、店の外で。とても、店内では、出来ない。最後に、また分解清掃かつ水洗い。しょうがないので、精米機を掃除し、使用できることを確認するいい機会になった、と思うことにした。