先回は糖質制限に伴う各種の健康に関する問題を紹介しました。今回はいったん糖質制限派の主張に戻ります。
まず、古代人の食事とか先住民の食事という話。人間は、元々肉食だったという説です。260万年という人類の歴史の中で、農耕を始めて穀類を主に摂取するようになったのは、この一万年のことで、人間の体は、本来、穀類には向いていない。だから、現代病になるのだと。
そして、一つの例として、アラスカのイヌイットを持ち出します。アザラシの肉ばかり食べていても、彼らは健康だ。現代食を食べるようになって、病気になるようになったと。
だから、古代の食事に戻せばいい。アメリカでは、それをパレオダイエットと呼んでいます。
肉と魚をたっぷり食べ、人類が調理と農耕を始めた後に食べるようになった乳製品や豆類、穀物は避けるというもの。狩猟採集時代のような食生活を送れば、心臓病や高血圧、糖尿病、がんなど、現代人を悩ます文明病を予防できるという主張です。
さて、では、人間は本当に何を食べてきたのでしょうか?
想像してください。人間が猿から分化・進化する最初の段階。森の中に住んでいたころは、木の実などが主な食糧。
次に、気候変動で森が少なくなり、サバンナに出ざるをえなくなります。そこでは、イモなどを食べるようになります。
サバンナにおりたった人類の先祖は、実はもっとも弱い動物。とても、狩りをして肉食をするような存在ではありません。せいぜい、動物の死体の肉、死肉くらいは食べたと言われています。
それから、260万年を駆け足で説明しますが、集団で狩りをするようになり、火を使えるようになり、道具を利用できるようになり、肉食が容易になっていきます。
しかし、これをもって、肉食がメインになったとは言えないのです。
考えてみてください。狩りの成功率は低い、冷蔵庫はない、常に肉を食べられるはずがない。そこで、飢餓を防ぐために、手に入る植物が常食の食糧として使われます。
それから、長い時間がたち、おおよそ一万年前、農耕が始まり、安定した穀類栽培が可能になり、穀類が主な食料になっていく。
日本に目を移すと、農耕はユーラシア大陸よりかなり遅くなって始まったと言われていました。古代の日本人、縄文人も農耕ではなくて、狩猟採集生活をしていたと言われています。でも、その生活とは、決して肉食ではないのです。
イモ、栗、どんぐり、とちの実などを食べていました。
約5500年前~4000年前の集落跡である青森県の三内丸山遺跡ではクリを栽培していました。
日本各地で、お米も作っていたことがわかっています。水田ではなくて、畑ですが。
なお、人骨の成分から同じ縄文人でも生活している地域によって食べているものがずいぶん違っていたことがわかっています。北海道では、動物性タンパク質が多く、本土では植物性が多いなど。
この食べていたものが違うのは、視野を世界に広げても同じことです。
まとめると、こうなります。
最初は森の中の木の実など。次に、イモ類。それから、肉食も始まる。そして、農耕が始まり穀類が中心に。
しかし、地域ごとに条件は違います。気候が違うし、そこに住む動物も、生えている、もしくは栽培できる植物・穀類も違います。
安定して生活するために、そこで手に入る食べ物、その中身は地域ごとに、またその後の気候変動に伴う変化もありながら、とにかく、獲得できる食糧に頼って生活する。つまりは、雑食です。古代の食事と言っても、多種多様だったのです。
原始人食とか先住民食を主張する人は、その食事方法が人類すべてに適応できると思っているようですが、そんなに単純ではないようです。
確かに、今でも採取生活が中心の少数民族がいます。こうした集団が伝統的な食文化を捨てて欧米の生活様式を取り入れると、健康問題が起きやすいことは間違いないようです。
しかし、それは、糖質を中心に生活してきた民族が、動物性たんぱく質と脂肪が多い食事に変えた場合も、同様なのです。一例が、広島からハワイに移住した日系人です。動物性脂肪と単純糖質摂取量が増え、お米のような複合糖質の摂取量が少なくなり、肥満や糖尿病が増えました。
人類は、食べてきたものによって、異なる能力を持っています。
- デンプンを多く食べてきた民族は、唾液に含まれるでんぷん消化酵素に関わる遺伝子を多く持っています。
- 人間の成人は牛乳を消化できない体質が多いのに、牛を飼う民族では、乳糖を消化できる人が増えていきました。
- 日本人だけが、生の海苔を消化する酵素を持っていることも有名です。
- とても強い毒性を持つヒ素。アルゼンチンには、ヒ素を含む水を飲んで暮らしている村があります。体が、ヒ素への耐性を獲得しているからです。
世界でも有名な雑誌『ナショナルジオグラフィック』の「90億人の食」という記事から引用します。
「言い換えれば、理想的な食習慣は一つではないということだ。人問を人間たらしめたのは肉食ではなく、多様な環境に適応できる能力であり、さまざまな食料を組み合わせて、健康的で多彩な食習慣を生み出したことだ」
他で通用している食生活が、世界どこでも普遍的に適応されるわけではないのです。