平成15年9月7日
水環境を改善するために私達に何が出来るか?という話しがあります。その時に必ず持ち出されるのが、醤油やラーメン汁、米の研ぎ汁を魚が住める水にするには、バケツ何杯、風呂桶何杯の水が必要かという説明です。これは、とても理解しやすく、大量に水を使うことへの罪悪感も生じさせるので有効な説明です。
しかし、この説明は誤った行動にもつながりかねません。何故なら、下水処理場では大量に水をいれて薄めてから川に放流するのではなくて、微生物を利用して汚水を処理しているからです。
下水処理と聞くと、薬剤を入れて汚水を処理しているようなイメージもありますが、現在の「活性汚泥処理システム」では、汚れを食べてくれる微生物群を利用しています。何のことはない、自然の処理方法を応用しているだけとも言えます。
昔、下水は木枠で囲った下水道や土のままの下水道を経て川に流れていきました。川もコンクリート護岸されておらず、土がありました。ここでは、自然界の微生物が活躍して水を処理していました。現在は、コンクリートの下水管ですし、川もコンクリート護岸されている場合があります。自然による処理はできません。下水処理場という密閉空間で、微生物に活躍してもらい水を浄化しているわけです。
処理された汚れや微生物の死骸などが、汚泥という形で底に沈殿します。浄化された上澄みを川に放流します。汚泥は定期的に取りだし処分します。これだけ聞くと、とても調子よく処理が進むように感じますが、なかなかこのシステムも問題があるようです。
下水道には合流式と分流式があります。雨水も一緒に処理するのが合流式で、下水道建設初期に多かった形式です。建設や管理維持コストが低いのがメリットでした。
しかし、大雨の時などは大量に雨水が流入し、下水処理が出来ずにそのまま河川に放流してしまいます。東京都を流れる多摩川べり、府中市と調布市のきわには下水処理場がありますが、大雨の後などは下水処理場のすぐ下の一帯が白い花が咲いたように見えます。放流されたトイレットペーパーが草にひっかかって花のように見えるからです。また、下水管が太いために晴天時は油など汚濁物が堆積しやすく、それが大雨時にはがされ河川・海に流れでます。お台場の海に浮かぶオイルボールがそれです。
下水処理場はある一定の汚れと水量を前提に設計・建築されます。処理場に負担をかける人口を定め、その市民の生活から出る汚れ、つまり台所・トイレ・洗濯・風呂の排水を集合したものを処理するように作られています。勿論、人口にも汚れにもある程度の幅はあります。しかし、そこから大きく逸脱した汚れにいつでも対応できるわけではありません。
私達の生活スタイルには流行があります。いっとき、朝シャンが若年層の女性を中心に流行りました(今ではどうなのでしょうか?)。朝シャンは、余計な水とシャンプーを下水に送ります。食事の洋食化に伴い、油の摂取量が増えて様々な疾病の原因とされていますが、問題はそれだけではありません。下水管に付着し、大雨の時にオイルボールとなって海岸に漂着します。お皿をきれいにするために、和食よりも水と洗剤を使います。このような自分達の都合の良い生活が下水処理に負担をかけていることを、ほとんどの市民は意識しないで生活しているのではないでしょうか?
一定の汚れ・水量を前提にしている下水処理場という話しをしました。汚れの指標としてBODがあります。BODとはBiochemical Oxygen Demandの略称で、水中の有機物が好気性微生物により分解されるときに消費される酸素の量をいいます。BODが大きければ、それだけ微生物が分解する有機物(汚れ)が多く、微生物が消費する酸素も増えます。排水が直接川に流れ込むようなところで、魚が大量に死んで浮かぶことがあります。微生物が酸素を消費してしまい、水中が酸欠になったためです。また、下水処理場では酸素を多く使いますから電気代もかかります。
では、下水処理場に流入する汚れが小さければ小さいほど良いかと言うとそうでもないんです。汚れが少なくても処理がすすまない、水量が少なくても処理がすすまない、そういう複雑なものなんです、下水処理は。
例えば、バルキングという問題があります。下水処理場は下水を汚泥と混ぜ、上澄みを放流していますが、バルキングとは汚泥が沈まない現象です。汚泥が川に流出してしまい、川を汚すだけではなく汚泥がなくなり下水処理もできなくなってしまいます。
発生原因としては 1)水温の変化、2)食品工場の廃水等炭水化物を多量に含む工場排水の流入、3)低分子の溶解性有機物(酢酸等)の多量流入、4)SS(浮遊物質または懸濁物質といい,水に溶けずに浮遊している有機物や無機物の小さな汚れ)流入量の低下、5)窒素及びリンの不足等が知られています。4)5)は、つまり汚れがあまり少ないと、バルキングが生じて、結局下水処理に問題が起きることを意味します。難しいですね。
バルキングが発生した時の対処法の一つに凝集剤を添加して汚泥の沈降性を改善するという方法があります。この時、米ヌカを投与すると状況が改善する場合があるのです。下水処理場では滞留時間が短いのでこのようなことは行いませんが、同じ処理システムである畜産糞尿の処理場などで行われます。
米ヌカは、栄養のかたまりです。BODも高く、窒素・リンも高濃度で本来なら処理に時間もかかるはずです。ところが、バルキングに有効なケースがあるということは実に興味深いことです。つまりは、下水処理にとって、流入する汚れの質と量・水量などのバランスが何より重要で、BODなどの大きさだけで下水処理は判断できないということです。一番最初に紹介した、「どれだけの水で薄めれば魚が住めるか?」という問題提起が、素人でも理解しやすいだけに逆に誤った解釈をもたらす危険性があるということがおわかりいただけたでしょうか?
各自治体ではだいたい同じ物を「下水道に流さないでください」とPRしてます。
天ぷら油,ラードなどの油類 | 油類は下水道管へ流れ込むと冷えて固まり,つまりの原因となってしまいます。さらに,下水処理場にも大きな負担となるため,使いきるか,新聞紙などに吸わせて燃やせるゴミとして出してください。油を固めてしまう商品も市販されています。 |
ティッシュペーパー,衛生用品,タバコの吸い殻,ガムなど | ティッシュペーパーや衛生用品は水に溶けないため,つまりの原因となります。必ずトイレットペーパーを使って下さい。 |
髪の毛など | 排水管のつなぎ目にひっかかったり他の汚物と絡み合ったりして,つまりやすくなります。排水口に目皿などをおいて,髪の毛などが流れないようにしてください。 |
熱湯,高濃度の薬品類 | 排水管には,高温や強酸,強アルカリに弱い材質が使われている場合があります。熱湯や高濃度の薬品類を流すと変形したり溶けてしまったりして,水漏れの原因になるので注意して下さい。 |
ガソリン,灯油,シンナーなどの可燃物 | 密閉された空間では可燃物の蒸気が充満しやすく,静電気やちょっとした火の気でも爆発しやすくなるので,絶対に流さないで下さい。 |
油類については、すぐにでも出来ることがあります。
日本人の栄養摂取について、油脂類の取りすぎが指摘されています。エネルギー摂取量に占める「たんばく質、脂質、糖質」の割合を示す「エネルギーの栄養素別摂取構成比」を見ると、脂質の割合は、1965(昭和40)年に14.8%だったものが、2000年(平成12)には26.5%まで上昇しています。穀類摂取が減り、肉の消費が増えるのと同時に油脂の摂取が増えました。
このような食事が、成人病を生活習慣病と呼び変えなければならなくなった原因ですが、それは私達を不健康にするばかりでなく、下水処理にも悪影響を与えていることを自覚する必要があるようです。